2006-04-02

イタリア~フィレンツェ~

3月8日(水)イタリア(ローマ→フィレンツェ)

今日もガッツリ朝食。
昼食用サンドイッチを失敬して、ホテルをチェックアウト。
フィレンツェまでは約1時間半。"世界の車窓"的な雰囲気を味わう。
ちなみに、乗車したのはES*(イーエススター)という特急列車。

フィレンツェでの宿泊はHotel Caravaggio***
道を挟んで公園に面した清潔感のあるホテル。
ホテルで昼食をほおばり訪れたのがサン・ロレンツォ教会。

田舎臭い感じ!?



フィレンツェといえばルネッサンス。そしてメディチ家。この教会はメディチ家の菩提寺なのだそう。設計したブルネレスキの死後に工事中断でそのままらしい。レンガむき出しの素朴な外観とは裏腹に、中は絢爛豪華。が、写真撮影不可のため、中の写真はなし。

Basilica di Santa Maria del Fiore。 Basilica di Santa Maria del Fiore 内観。

次に向かったのは、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(ドゥオモ)。600年かけて完成したこともあってか様々な建築様式が随所に見られる建物。街路を抜けた広場において、眼にとび込んでくるこの白さと作り込まれた装飾は、それまでの場所性を一気に変質させる感じ。経験したことのない建物でステキ。

鐘楼を見下ろす。 良い眺めよね。

ドゥオモのクーポラはこれまた展望台にもなっているので、フィレンツェの街並を一望。隣接しているジェットの鐘楼を見下ろしつつ、赤瓦とレンガ壁、白や黄、オレンジの壁が並ぶ街並によって再度イタリアにいるんだなと実感。

Palazzo Vecchio~イタリアっぽい塔。 Galleria degli Uffizi 内観。

次にヴェッキオ宮へ。塔の先っぽが膨らんだ形式というのはイタリア固有のものらしく、他の地域ではあまり見られないものだと教わったので、さらにイタリアの実感を膨らます。隣のウフィツィ美術館。メディチ家の事務局などのオフィスだったものらしいのだが、ルネッサンス期の偉大の作品の数々を展示。ボッティチェッリ、ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロその他諸々。いや、すごかった。

Ponte Vecchio~橋の上にお店がいっぱい。

最後にポンテ・ヴェッキオへ。とある街角のようだが、ここは橋の上。貴金属店がずら~と並んでいるのだ。夕暮れ時、照明に照らし出された商品の数々、とってもステキ。橋の上とは思えない賑わいを楽しむ。

で、明日のシエナ行に備え駅にて切符を購入の後、
レストランで前菜にパスタとリゾット。まあまあな味わい。

ルネッサンスの巨匠やメディチ・・・
ここフィレンツェに生きていたんだなと思うと、
感慨深い。花の都。大したもんだ。

(翌日に続く)

イタリア~ローマ3~

3月7日(火)イタリア(ローマ)

さて朝食。朝からガッツリ胃袋を満たしつつ、
昼食分にとサンドイッチまで作成+失敬する始末。
今日は徒歩に頼らず地下鉄を活用し、ヴァチカン市国だ。

サン・ピエトロ広場とサンピエトロ大聖堂。



サン・ピエトロ広場を囲む大柱廊を抜けるとそこはバチカン市国。
右は短パンやノースリーブ、サンダルお断りの大聖堂。
左に見えるは、エジプトからわざわざ運んだオベリスク。
写真に収めてしまうとスケール感が失われるが、とにかくデカイ。

Piazza di San Pietoro ドリス式柱廊と聖人像。 Basilica di San Pietoro クーポラ。

広場を囲む柱廊は遠目に見ると、細く長い柱の連続という美しさや、中性的な壁面を演出するのだが、近付けば近付く程、量隗へと変わる。全体のバランスで考えるならば、このスケールが必要なのだろうなと納得。ちなみにベルリーニが設計し、140体の聖人像が軒先に並んでいる。
大聖堂に乗っかるクーポラはミケランジェロの設計。見た目の綺麗さはともかくとして、先っぽにさらに乗っかるミニドームは実は展望台になっている。元々の用途は知らないが、絶景を期待させる。

とにかく派手なのよ。 Pieta。

で、早速内部に入ってみると・・そこに在るのはまさに天上世界かと思わせるような装飾華美な聖堂内部。建築なのか彫刻なのか絵画なのか。宗教的なバックボーンのない私にとっては畏敬の念より、ただただ感心。
ただ、ミケランジェロ制作のピエタ像には心を奪われる。美しいのだ。

真っ暗。傾いているのはカメラではなく壁。 あぁ絶景なのよ。

で、300段を超える階段を上る。途中、傾いた壁の階段もあったので、クーポラは聖堂内から見上げる壁と外から見る壁の2重構造になっているのだなと発見。
登りきった先、そう、ローマの街を一望。絶景。あぁ絶景。サン・ピエトロ広場もステキ。360度を眺めることが出来るから、なおステキ。
日本人観光客の写真を撮ってあげたり、撮ってもらったりしつつ、大満足。広場で朝失敬した昼食をとり、ヴァチカン美術館へと向かう。

Musei Vaticani とにかく華美。 ぐるぐるぐるぐる・・・。

やっぱり美術館もすんごい装飾。そして数々の有名な宗教画。さすがカトリックの総本山。神への畏敬の先にあるのはきっとこんなステキな世界なのだろうね。出口付近の螺旋スロープ&階段は何だか面白かったのでパシャリ。

San Pietoro in Montorio。

この日の締めはサン・ピエトロ・イン・モントリオのテンピエット。妻おススメの建物でブラマンテの設計。聖堂が施錠されていたため、入口付近から眺めることしか出来なかったが、こじんまりしつつも全体のバランスがとれ、静的な印象。柱の長さは4m程度かな。柱廊によって、内外の中庸的な演出による空間性の操作と外観的なバランスが獲得されていると感じる。

昼はこんなだし。 夜はこんなだし。

それにしてもローマはすごい。
昼でも夜でも、どこに行っても、
何かが在り何かが為されている。
ついついこの日も10kmは歩いたと思われる。

帰り道に翌日に控えたフィレンツェ移動のためテルミニ駅へ。
自動券売機が沢山合って、簡単に切符を購入。ラクチン。
ついでに、駅にあったスーパーで酒と食材を。生ハム旨すぎ。

最後の夜を満喫すべく、夢の中へ旅立って一日終了。

(つづく)

2006-04-01

イタリア~ローマ2~

(つづき)

コロッセオに続き、隣接する「フォロ・ロマーノ(ローマ人の広場)」へ。

ほとんど遺跡ですな。

古代ローマ時代の宗教・司法・行政といった公共性能を持った場所。
現在は記念碑的建築を眺めながら散策できる程度。
が、過ぎ去った時間は十分に感じられる。レンガと石と緑がステキ。



Piazza del Campidoglio。 ローマ建築といえばPantheon。

さらにテクテクと北上しつつ、
幾何学模様がステキなカンピドリオ広場(ミケランジェロ設計)へ。
が、丘の上のこの広場、風がビューと吹き抜けてめちゃ寒い・・・。
スゴスゴと広場を後にし、
ローマ建築の中でも最も完全に近いかたちで現存する、パンテオンへ。

いざ到着と思いきや、2人の腹がグ~。
行きの飛行機の中、雑誌で妻が見つけた旨そうなレストランへ。
訳の分からないメニューを見ながら適当に注文。
試行錯誤ながらも、舌鼓。で、今度こそパンテオンへ。

お馴染みのクーポラと天窓。 足下は意外と派手。

ギリシャ建築を思わせるファサードを抜けて、いざ内部へ。
とても明るい。そして、意外と派手。建築関連の本でよく見る写真は、天窓のアピールのためか、内部が暗い印象。シャッタースピードをかなり調整しているのだなと痛感。体感してみないと解らないものだ。
石造建築の内部空間とは思えない程の明るさのため、内部空間と外部空間の中庸的な感覚に襲われる。空が感じられるからかもしれない。
残念ながら青空は臨めなかったが、もし見えたなら、James Turrellの"Blue Planet Sky"みたいかもなとちょっと見当違いなことも考えつつ、パンテオンを後に。

トレビの泉&スペイン広場といった観光ポイントも押さえつつ、
観光客狙いの押し売りに捕まりブルーな気持ちになりつつ、
気を取り直して、ポポロ広場へと向かう。

ポポロ広場の双子教会。

ポポロ広場に建つ、この双子教会。ベルニーニによるバロック建築。道の傾きが多少違うため、遠近法的な錯視などを駆使して、パッと見は同じ建物に見える。

が、ここを訪れたのは目的はその対面に位置している、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会。

Chiesa dl Santa Maria del Popoloの内観。 Chiesa dl Santa Maria del Popoloの後陣。

もともとはローマ時代に建てられたものなのだが、写真を見て解るように、改装済み。改装は主にベルニーニによって設計されたものなのだそう。が、後陣はブラマンテによる設計。貝型のシンプルさが際立ち、何だか物静かな雰囲気。装飾や絵画によって彩られた教会堂の中で、対照的な空間性を楽しむ。

さてさて、この日はこれで観光終了。風邪気味のため大事を取る。
帰りがけに購入した切り売りピザとコーラを引っさげホテルへ。
ローマの至る所にこの切り売りピザ屋があるのだ。
しかも安い。で、わりと旨いからビックリ。

この日、実は全て徒歩移動。歩いた距離、約10km・・・。

翌日は地下鉄を活用しようと考えながら、就寝。


(翌日へつづく)

2006-03-31

プロローグ & イタリア~ローマ1~

忘れないうちに旅日記を開始。

3月4日(土)沖縄→大阪。

海外へと旅立つ空港は関西空港。
ということで、大阪帝国ホテルという、
本家帝国ホテルとは何の関係もないホテルにて一泊。

旅の準備の忘れ物を補いつつ、
たこ焼きやお好み焼き、そばや天ぷら、丼物・・日本の食に別れを告げる。

3月5日(日)大阪→イタリア(ミラノ経由ローマ着)

イタリアのアルタリア航空にてイタリアへ出発。



大阪の雲の上

時差のため、こんな青空を眺めるまま夕方のミラノに着。
で、空港2時間待ちの後、ローマ着は夜。ホテルに着く頃には日が変わる手前。
Webで予約したため、本当に予約されてるか無駄なドキドキのままホテルへ。

座ると鏡が見えない鏡台。 緑と赤がステキ。

無事チェックインしたホテルは Hotel Galles Roma ***。
緑の壁が印象的な、意外に素敵なホテル。移動の疲れもあって曝睡。

3月6日(月)イタリア(ローマ)

朝食を必要以上に摂取し、エネルギー満タン。
さて、どこに出掛けようかと妻と相談。
で、やっぱりコロッセオでしょということに。

お馴染みのCOLOSSEO外観。 お馴染みのCOLOSSEO闘技場。

やってきました、コロッセオ。写真で見た通りで感激。
近付けば近付く程に、石の重量感と、圧倒的なスケール感。
重い+デカイ・・・。木造文化に親しんだ私に石造の洗礼。
首が疲れる程に、「へ~」「ホ~」とキョロキョロ。

観覧席付近の廊下と支えるアーチ。 外周廊下。

写真にはハッキリと写っていないが、実はかなりレンガ造の部分があることにビックリ。ギリシャやエジプトに負けない都市形成のために、積極的に大理石が導入されたようだが、土着的な素材はレンガだったよう。
地上階から外周廊下や階段を経て、観覧席へと導入する仕方は、現在の野球場やサッカー場などのスポーツ施設の基本と一緒。2000年近い過去と現在のつながりを体感。
闘技場を支えた地下廊下+地下牢を眺め、想像を膨らませ何だか切ない心持ちに。

日本人観光客の写真を撮ってあげたり、撮ってもらったりしつつ、
コロッセオを後にし、古代ローマの中心的な役割を果たした街、
「フォロ・ロマーノ(ローマ人の広場)」に向かう。

(つづく)

2006-03-27

合掌。

今日の夕方、
友人の父親が死去した。

公人としての職務を全うし、
私人としての人生を更に謳歌するだろう、
と思った矢先の出来事だ。

ただただ、残念だ。無念だ。

2006-03-26

ただいま。

家に到着しましたよ。長い旅を満喫してきましたよ。

あんなとこも行ってこんなとこも行って。楽しかった訳なのですよ。

が、

とってもくたびれましたよ。なので、今日は休むとしますよ。

旅の様子は、ボチボチと更新することにしますよ。

2006-03-04

時は満ちた。

旅の始まりだ。

さてさて、どんな旅になるのか!?

なので、今日から26日までこのブログの更新が止まります。

旅から無事に帰ってきたならば、旅の思い出を更新する予定。

乞う御期待。

2006-02-27

続・後悔先に立たず。

さて、見積金額が提示されました。

『完全にギアボックスが破損、新品または中古品への取替えが必要。
 その他、諸々の費用を考えると15~25万です。』

・・・涙。

ギアボックスに車が付いてくるような錯覚を憶える。
一時の判断の違いで、こんなに差が出るとは。

ということで、色々思案した結果、マツダ:ベリーサを購入。
試乗した感じも中々良好。旅行から帰る私を待っている予定。

それにしても、
『ギアの噛み合わせ程度なら、たぶん10万以内で直せたんですけどね。』
だって。・・・まさに後悔先に立たずですな。

2006-02-22

メモ-1 ~首里のマチ~

首里を知る・考える。
首里のマチって?


まずは首里の歴史を、かなり簡略化してまとめてみる。

12世紀、本格的な農耕社会が形成され、各地按司の勢力争いが活発化する
14世紀、山南、中山、山北の勢力に集約。中山(浦添)王が首里に城を建造
15世紀、第一・二尚氏王統政権下、首里を王都とした本格的な整備を開始
16世紀、首里城、主要街道、各地の按司を移住させた城下町首里が出現
17世紀、薩摩藩による琉球侵攻。江戸上り「慶賀使・謝恩使」が始まる。
19世紀、廃藩置県、首里城は日本軍の駐屯地、各種の学校等に利用。
20世紀、第2次大戦、首里、首里城下町焼失。1992年首里城復元。

※首里に城が築かれた時代は諸説あるらしい。

 で、下図は300年前の首里周辺の地形。現在の地形は、琉球時代から戦前戦後を通して行なわれた埋立ての結果らしい。首里城下までの川には、小型船は遡って往来したようだけど、河口付近は遠浅のため、大型船の往来はなかったらしい。

地形の違いにビックリ!

 周囲を山や河に囲まれ、また、首里城が建設されているのも丘陵地なことから、全体的に平地の少なく、琉球王朝の王都として整備されるまで、農村としては少しばかり寂れたところだったのだろうな、と思いを馳せることができる。

 この地形の違いにビックリ!!

~つづく!?

2006-02-19

後悔先に立たず。

土曜日。
旅行に向けて必要なものを購入しようと、一人で那覇までお出かけ。

那覇・新都心のとある駐車場に停車。用事を済ませて車に戻り、
さてバックしようとギアをかえて、クラッチを入れると・・・

ガキッ!!

ギアから嫌な物音。
ギアが固まり、どのギアにも変わらない。・・・そう、立往生。

車屋さんに電話、引き取ってもらうと、ポツンとその場に残された私。
前兆はあったのです。週明けにでもメンテに預けようと思っていたのです。

後悔先に立たず。

結局、妻に迎えに来てもらい、帰宅。

直すべきか、直さざるべきか、それが問題だ・・・。

2006-02-17

オリンピック。

そろそろ、オリンピック開催期間も折り返し地点。

今回のオリンピックで意外に楽しいなと今さらながら発見したのが、

「カーリング」。

スプリントな感じ満載なのも面白いのだけれども、
ゲームな感じが楽しめるカーリングを楽しんで応援。
でも、昼間に眠くなるのが難点。

ガンバレニッポン!!

2006-02-14

バレンタイン。

今日はバレンタイン。チョコの日。

だからという訳ではないけれど、今日、航空券を購入。

何処に行くかといえば・・・

イタリア&スペイン。

3月は、概ね日本から消える予定。
ここも、概ね更新が滞る予定。

2006-02-13

スタイルということ。

頭の整理のために。


 私は、あなたは、スタイルを持って生きている。自分自身を他者に表現する仕方を持っている。

 たとえば、家や職場などで身近な人が移動するときの足音を聞いたとき、誰が歩いているのかを、その音だけで知ることができる。しかし、その音の主は、自分を表現するために足音を意識しながら歩いているわけではない。

 私は私を表現する仕方を持ち合わせ、他者はそれによって私を知覚する。しかし、そうした仕方は私にとって意識的なものではない。私は、楽しさを表現するために笑うのではなく、楽しいから笑う。私らしく笑おうと考えながら笑うのではなく、楽しいから笑う。

 肉体的、精神的な成長を遂げるのと同時に、私のスタイルも変化し続ける。体の成長に合わせ、歩き方は変化する。他者への憧憬や愛情によって、他者のスタ イルを意識し、模倣する。私は他者には決してなり得ないのだから、取捨選択しながら模倣する。模倣の経過とともに、私のスタイルは変化する。

 私を表現する仕方(スタイル)は、世界に在る私の存在の仕方である。私は周囲の状況とともに生きている。世界の、状況の変化とともに、私のスタイルは変 化する。変化させられる。もし、私自身のある一定のスタイルを意識し続けるのならば、私は私に固執し、私を模倣する。自己模倣する。

 スタイルはすでに私とともに在る。確立するものではなく、既に其処に在る。私で在るならば、私のスタイルは其処に在るのだ。

・・・・再考。

2006-02-12

オリオンビール。



オリオンビールといえば、泡盛に並ぶ沖縄を代表するお酒。
そのオリオンビールの瓶詰め工場が、最近、リニューアルオープン。

アサヒビールエンジニアリングが、運営・機能性に関して協力したためか、
以前と比べたら、清潔感のある工場に変貌。

で、写真はその新工場で詰められたビール。パッケージまでリニューアル。
出来立てホヤホヤ。撮影後、あっという間に飲酒。めちゃウマ。

工場見学も再開したので、新鮮ビールを飲みたい人は足を伸ばしては?
見学料無料。一杯はただ飲み可。

2006-02-02

懐古の心持ち。

先日に、私の卒業大学からのアクセスを発見。
懐かしくなって、大学HPの学部紹介を閲覧。


大学HPから転用。


・・・私の卒業制作が、いまだに使われている。

学部を卒業して、もう8年。修士を修了して、もう6年。

卒業制作は、「行動・行為の類似による身体性から生まれる新しい景観」
づくりに挑戦すべく、不特定多数の訪れる公共施設+商業施設を計画。
模型は、コンパネをベースに、ボルト+ナット+鉄板+金網による構成。
とても金がかかった、そして、とても重い模型。

結果的に、イマイチな評価だったのに・・・。

ちなみに、共同制作で、相棒は今の妻。あぁ、ナツカシイ。

2006-02-01

ほっと一息。

直って良かった・・・。

最近、会社のパソコンが不都合なことに。

トロイの木馬にやられたので、駆除ツールを使ってみたところ駆除成功。
が、会社のネットワークから断絶・・・。
こりゃやばいと思ったのだけど、システムの復元も出来なくなり、
IPやらDNSやら初めての設定をしても、ままならない。業者さんもダメだと。

ということで、初めてのWin初期化。
で、初めてのネットワーク設定。週末から週明けまで。

やっと何とかなり、ほっと一息。

でも、初めてのことばかりで、なんか楽しかった。

2006-01-31

桜と衣装。

桜を意識!?

花見にせっかく行くのだから桜を意識した衣装を、
と身にまとって出掛けたのだけれど、桜の魅力には完敗。

と、小さなこだわりを発揮したりもした、花見だった訳。

2006-01-30

おすそ分け。



桜の季節。沖縄の桜は今が満開。
梅に近い濃いピンク色の花が、あちらこちらで、お目見え。
ちなみに、「琉球寒緋桜」ってのが桜の樹種。

なので昨日は、本部町・名護市でお祭り気分。
本部町・八重岳で昼の桜と団子、ビールと、なぜかトムヤムクンを満喫。



名護市では、夜の桜と、ビールと、たこ焼きと、お好み焼きと、
なぜか、ラム肉の串焼きを満喫。



夜の提灯も格別。

今日はそんなお祭り気分をおすそ分け。

2006-01-18

奥行と私。

頭の整理のために。


 私とモノやヒトの間には距離がある。私にとってその距離は奥行であり、他者から見た私の奥行きは幅となる。垂直面(高さなど)でも同じことが言える。こうした全ては等価であり、それらを元に空間内の位置づけを行う。

 遠くにいる人はとても小さな、近くにいる人は大きな像として網膜上に現れる。しかし、私は、そうした小さな、大きな人の像を、まさにその人の大きさとして知覚するわけではない。知人であってもなくても、距離に関わらず、ある程度の大きさや身長を知覚する。

 遠くにいる人はその像がはっきりしなくなる。キメは粗くなる。近くにいる人はその像がはっきりし、きめが細かくなる。まなざす私にとって手がかりや正確さに差異が現れる。奥行の知覚を通して、私はその人まで遠さを、近さを知る。世界を了解する。

 奥行きの知覚は空間性を前提とする。空間内で幅や高さと行った奥行きを知覚する私にとって、世界、空間は既に構成されたものである。既にある世界は客観的な世界、私によって了解された世界は主観的な世界。客観的世界を背景に持つことで、私と他者の知覚は共有される。

 より少ない手がかり、より粗いキメは不確かさを意味する。奥行きを知覚する。知覚させる。より広い空間と感じる。空間はより広がりを感じさせる。


・・・なんかまとまりに欠ける。。。再考だな。

首里の旨いそば。

反転画像ではないよ。

最近に、立ち寄った沖縄そば屋。
その名は「首里 ほりかわ」。
とても分かり難い所にある割には盛況。

どうも、手打ちそば麺らしい。
プリプリ、ツルツルとした歯ごたえとあっさりした汁が、
なかなかどうして、上等である。

最近食べた沖縄そばの中ではピカ一。私の舌にはピッタリの味わい。
お近くに御寄りの際は足を運んでみてはイカガ?

ちなみに、首里のすーじぐぁーをも楽しめるあたりがまたオツ。

2006-01-15

すーじぐぁー調査2。

すーじぐぁー調査2。
 2006年1月8日に行ったすーじぐぁー調査の続きで、今回は第2回目。
 1回目に参加者で抽出したキーワードを元に、担当区域を4つ程に分割した上で、区域内の全街路を調査し、該当するキーワードや幅員などをプロットしながら、すーじぐぁーを抽出することを目的とする。

首里のすーじぐぁー。

 ある程度の調査指標を限定し、客観性を持たせたことで、調査自体はスムーズに終了。しかしながら、車輛の通行が不可能で、完全な歩行空間としての路地は、すーじぐぁー原風景として選別することは可能だったが、現実的な(一方通行程度の車輛が通行可能な)3m程度の幅員では、すーじぐぁーとしての可否を選択するには、まだ定義やキーワードなどが不足していることを再確認することになった。

 今回の調査は、シンポジウムでの講演内容のバックグラウンドを作成することが大きな目標なので、原風景としてのすーじぐぁーを抽出するに留めることで議論が収斂。原風景としてのすーじぐぁーを解釈することでの、現代社会に適合し、景観要素として沖縄・首里らしさにつながるまちづくりへの提案は、シンポジウム後の活動につなげることが検討されそう。

 シンポジウムが行われる2月までの時間も限定されることから、今後は、以前行った住民ワークショップによる住民意見を反映した路地計画を基本に、今回の調査資料を併せた講演内容のあらすじを作成した上で、資料づくりや調査などのまとめ作業が行われる予感。

 つづくか!?^^

2006-01-12

Intel Macへの道。

道は険しそうだ。

先日発表された、Intel Mac の数々。
ものは試しと妻に話題を振ったものの、
たいした興味も示されず、即行で別の話題へ。

道は険しそうだ。

2006-01-10

幸せになれる。

幸せ。

冬の夜に浮かび上がる『幸』の文字。
もちろん京都の大文字焼きではなくて、名護市「銭ヶ森」の斜面。
約50m×50m、約120個の電球による電飾。

なぜこの時期に光文字かというと、
テーマも作業も、成人を迎える名護市立東江中学校の卒業生によるから。

今年のテーマは、「今生きていることの幸せ」。

と、ニュースで熱く語る、この新成人達をみて、
きっと幸せになれるさ、と年寄りじみた感想。

リーゼントもバッチリ。

2006-01-09

木の上に住む。

ガジュマルの樹と小さな家。

沖縄でキジムナーと言えば、
ガジュマルに住んでいるという妖精。
そのガジュマルに小さな家。
だから、キジムナーのお家なのだ。

実際は、この小さな家で子供や大人が、
キジムナーと会うために夜を明かしたり、
遊んだりするものなのだそう。

ちなみに、“家小”と書いて、
“やんぐぁ~”やら“や~ぐわぁ~”
と表現したりするらしい。

本日、散歩に行った海洋博記念公園内で発見。

2006-01-08

すーじぐぁー調査1。

 2006年2月17日に、沖縄県建築士会主催「スージグァーのあるまちづくり」(仮称)というシンポジウムが開催予定。で首里が中心的な題材。

 この講演者のバックグラウンド資料を作成するために、現在の首里に関するField Workを実施。目的は、首里城下町がどのような街並で、すーじぐぁーとはどのようなものを指すのかを考えること。調査対象は首里城周辺で、参加者は沖縄県建築士会首里支部会員+琉球大学生の7名。

首里のすーじぐぁー。

 そもそも、すーじぐぁーは、漢字で書くと“筋小”の沖縄方言読み。写真にあるような、細い路地をさし、こうした生活感や歴史性のある道を活かしたまちづくりが出来ないものかということ。

 ちなみに、今回のField Workでは、すーじぐぁーを単に、生活空間としての小道や沖縄の原風景の小道、といった抽象的な表現に留めず、構成要素を積極的に評価、抽出するというもの。

 2名1組で3時間程、おもむろに歩き回り、すーじぐぁーを写真に納め、その写真を見ながら皆で議論。結果、すーじぐぁー、それも、“首里の”すーじぐぁーとしてのいくつかのキーワードを設定することに成功。

 簡単にキーワードを紹介すると、車が通れない道、幅員3m以下、緑がある、歴史資産がある、奥行きを感じられる、生活感がある、などの大項目。+αで補足事項もいくつか。こうしたキーワードを元に、来週に再度、まちに繰り出し、Field Workの2回目を行う予定。

 参加者の主観的な評価ではなく、客観的な評価基準を設けることで、互いが認めるすーじぐぁーの評価のされ方+仕方を分析できるようになり、ある程度の成果を得ることができたと考えられる。

 つづくか!?^^

2006-01-07

カボチャ。

今日は休日ということもあって、夫婦仲良く散髪へ。とはいっても、別々の店へ。
成人式間近なのに大した混雑でもなく、のんびり、ゆったり散髪。

で、私の行きつけの店の兄ちゃんより、
旨くて洒落たcafeBARがあるとの情報。

その名は、「cafeBAR 誠平」。
今帰仁・北山高校前のコンビニの脇道から入り、
サトウキビ畑の中にある割りにはいい感じの店。
何がいいって、旨い料理と豊富な酒。

芋好きな私に、店長らしき兄ちゃんが勧めてくれたのが、
宮崎県産「かぼちゃ焼酎」。

間違いなくカボチャだ。かなり旨い。めちゃ旨。
料理の種類は少ないけれど、これまためちゃ旨。

とんでもない田舎にあるけど、かなり良質な店でした。

2006-01-05

ゆかり~縁~。

メチャウマ煎餅。

年末といえばお歳暮。
実家に送った、沖縄豚ハム。
で、そのお返しに何が欲しいと問われ、
即座に返答した私→「ゆかり送ってくれ!」

ゆかりとは何ぞや。
坂角総本舖が贈る海老煎餅。
いや旨い。海老の風味最高で、ともかく旨い。

私はこの煎餅がとても好き。いや、大好き。
愛知に住んでいた頃よりも、今のが好き。
なので、即答。

そして、元旦当日無事到着。
お礼の電話を2日にすると「もう全部食ったか?」と。
いやいや、41枚を1日で満喫できるような、
太っ腹な人間ではありません。私。

今も、ちまちまと、
そして、バリバリと噛み締めながら、
“ゆかり”ライフを満喫中。

2006-01-03

台無し。

お節料理。

三ヶ日といえばお節料理。
妻が年末の半日をかけて料理。
ほとんどのものを自前で料理したのだから大したもの。
おかげ様で正月気分満喫。

なのに、日中の最高気温は22℃。
正月なのにあり得ない暖かさ。
これじゃ、正月気分も台無し。

とはいっても、初詣やら、初売りやら、
TVの特番やら、酒やら。

うん、正月気分は満喫ですな。

2006-01-01

明けました。


戌の出番。

明けました。
新しい年。
おめでとうございます。

住所を知らない人。
ましてや、名前さえも知らない人。
年賀状を届けられなくてゴメンナサイ。
なので、この場を借りて、オメデトウ。

色んな幸せをゲットできる、
欲深い年になりますように。
・・・・・・・
ともかく、今年もよろしくなのです。

2005-12-29

酒が呑める。

昨日は仕事納め。で、大掃除。
たまった埃と紙などを掃除、整理。
なんだかすっきりした職場環境へと変貌。

で、お疲れ様ということで、ビール。
ちょっと一杯のつもりで呑んで、
気がつけば冷やしたビールが無くなり、
泡盛にまで手を出す始末。

家に帰ってそのまま睡眠。

そして、今日は友人の送別会。
韓国出身の友人が、韓国へと帰っていく。
これから会う機会が激減する。
だから今日も酒を呑む。
たぶん、だいぶ呑む。

年末って感じ。

2005-12-27

服を着る私~トニー滝谷を観た~。

頭の整理のために。


 私は服を着ている。日常生活のほとんどを着衣して過ごしている。着衣する私は、他者に対して何かを表現する。着衣される衣服は、私を表現する。

 私の身体は表現する。表情や仕草によって他者に対して、喜びや悲しみ、私自身を表現する。私のそうした表現を、他者は己の身体によって感じ取る。私と他者は決して相容れないが、他者の中で私は存在をえる。

 たとえば、幸福(礼服)を、悲壮(喪服)を、着衣によって表現する。着衣と共に、私はそうした感情を生きる。他者は、着衣した私の姿をまなざし、感じ取る。着衣することで、私の表現は拡張する。私の身体を拡張する。

 私や、知っている誰かによって着衣されたものと似ている衣服を見るとき、衣服は私や誰かを表現する。私や誰かに着衣されなくても、私や誰かを知っている 人に対して表現する。私や他者を想起させる衣服を、その衣服と似たものを、着衣する、まなざすことで、私と他者の身体性は共有される。

 衣服は私のとても身近なモノ。私の身体を拡張する、拡張させる最も身近なもの。

・・・と、トニー滝谷(DVD)を観て、観終わって感じた。

・・・服に依存する、妻を見て。
・・・服から妻を見る、夫を見て。
・・・服から何かを感じる、女性を見て。

 いい映画でした。で、再考。

2005-12-26

残りあとわずか。

あぁ、今年最後の週だよ。
2005年の終わりに近づいているよ。

万博を楽しみ、
三十路に突入して、
1級建築士を取り損ねて、
・・・
平成○○年を間違え続けた、
そんな1年だった。

今年も残りあとわずか。
まだ、あと少しある。
まだまだ、楽しまないといけない。
今週を楽しもう。

で、今年は平成16年だっけ?17年だっけ!?
ナンテネ。

2005-12-25

クリスマス終了。

まだ、クリスマス。
旨い料理を食べ、欲しいものを頂くチャンス。
いかが過ごしました?

私はイブに旨い料理を頂戴。
沖縄:北中城にあるレストラン“グールトン”。

クリスマスディナー。

フォアグラやら、キャビアやらが名を連ねるディナー。
が、一番ウマカッタのはやっぱ肉。
廻りにちりばめられた極薄のトリュフもウマカッタ。

で、翌日。
もちろんゲット、プレゼント。

クリスマスプレゼント。

スタートレックのDVD。
TOSの映画シリーズは揃ったので、
TNGの映画シリーズを4本ゲット。満足。

クリスマスに乗じて、幸せをゲット。
信仰心は持ち合わせてないけれど、幸せをゲット。

クリスマスなんてそんなものさ。

2005-12-24

クリスマス・イブだ。

今日は、12月24日。
右を向いても、左を向いても。
テレビを見ても、ラジオを聴いても。
クリスマス・イブだ。
今年も相変わらずやって来た。

なのに、夫婦仲良く仕事中。
やってられない。

まぁ、それでも夜はクリスマスディナー
ガッツリ食べよう。
まぁ、明日はクリスマス本番。
クリスマスプレゼントもゲットしよう。

そんな私は仏教徒。

いやいや、この際、宗教は忘れよう。
深く考えないで、この楽しい気分を満喫しよう。
今日は楽しいクリスマス・イブ

2005-12-23

光の中。

頭の整理のために。


 私は、日常生活において目で光を捉える。対象を視るということは光を視るということ。明るい方が多くの対象を捉えることができる。

 何かを見るとき、私は"目(視覚)"だけで見ているわけではない。林檎の色艶から、味や熟成、匂いや質量さえも見る。病気や事故で触覚が麻痺すると目で視ることはできても、その存在に靄がかかるという。
 対象の存在は、私の五感が同時に捉える。五感は対象に捉えられる。見るということは、映像を受容するだけではなく、身体に変化をもたらす。私の身体の運動性を内包している。

 光の中で私は多くの対象を見る。多くの対象に見させられる。捉えることのできる対象が減る、対象の輪郭が不明瞭になるならば、私の運動性は軽減される。 一切、光のない暗闇では、何も視えない。不安が襲う。視覚が麻痺することで、対象の存在に靄がかかる。私の身体に、存在に靄がかかる。

 昼、明るい日差しの下で、私は活発化する。夕暮れ、夜の白熱灯・間接照明によって私は安らぐ。光の変化と共に、私は私の存在を更新する。更新させられる。私は光の中で生きている。

・・・イマイチだな。再考。

2005-12-22

ありえない。

沖縄の寒空。
今朝の気温、車載の気温計では8度。
この時期には珍しい寒さ。

沖縄に在住6年目。
冬によく言われるのが、「本土の人でも寒いのね」。
暖かい沖縄だから自然と本土にいたときより薄着になる。
加えて、暖房をあまり利用せず断熱も重視されない、この地。
なんだか寒い。本土に比べれば暖かいのだけれど寒い。
本土出身だから寒くないなんてありえない。

だから今日はちょっと厚着。
今日は忘年会。
車で寝るかもしれないから厚着。

寒さと呑みすぎに注意。

2005-12-21

感覚して、知覚する。

頭の整理のために。


 私は感覚器官により、世界を感覚する。視る+聴く+嗅ぐ+味わう+触れる。感覚することは世界とつながること。私は感覚し続ける。日常生活において感覚することは止められない。

 私は知覚することで、世界を生きる。感覚された世界の中から或る対象へと絞り込み、或る対象について思惟・行動する。或る対象について思惟・行動させられる。他の対象は、感覚された世界「地」の中で「図」として浮かび上がるまで、背景へと遠のく。

 こうした所作は意識的に行われてはいない。こうした全てを支える身体は、こうした全てをとても滑らかに行う。世界とつながる感覚と、世界を生きる知覚は、私の身体と不可分。同時に対象となる世界とも不可分。つまり私の存在は、身体+世界と不可分。世界内存在。

さてさて、再考。

こんなものさ。

今日発表された一級建築士2次試験合格発表。
見事に・・・

不合格。

・・・こんなものさ。

い~さ、次回で終わりにするさ。
1年喜びを先延ばししただけさ。
そ~さ、そんなものさ。

そうはいっても・・・・不甲斐ないことだ。。

2005-12-20

ドッペルゲンガーかと。

このブログにあるように“Smilingtomy”という偽称。
どこかの誰かも使っているのかな、とふと思い付き、
Yahoo!JAPANにて検索。私関連のものばかりか。。。

・・・ん?

私の特技には名を連ねない「Tennis」の文字が。
なんだろなとクリックしてみると、
なんだか見たことのあるWeb Design・・・

知らない私が!?

って、MyHPのHTML構文そのままではないですか。
こんなこともあるのですね。

ちなみに、URLは下。コピぺでどうぞ。
http://www.geocities.jp/ryuryu0617/

せめて、“Smilingtomy”は消しておいてほしいものです。
私は何の関係もないのですから。

2005-12-19

とうとう。

とうとう年末だ。
この寒い中、わざわざ新しい年がやってくる。

それに備えて?
とうとうブログに挑戦だ。
世の中の流れに乗ってみることにした。
HTMLで日記を綴るのにも飽きてきたことだし。

旧日記よりもさらに、
頻度を上げ、
内容を下げ、
ボチボチ更新していこうと思う。

お暇な人は、ボチボチ眺めてみてはいかがでしょ。