2006-02-22

メモ-1 ~首里のマチ~

首里を知る・考える。
首里のマチって?


まずは首里の歴史を、かなり簡略化してまとめてみる。

12世紀、本格的な農耕社会が形成され、各地按司の勢力争いが活発化する
14世紀、山南、中山、山北の勢力に集約。中山(浦添)王が首里に城を建造
15世紀、第一・二尚氏王統政権下、首里を王都とした本格的な整備を開始
16世紀、首里城、主要街道、各地の按司を移住させた城下町首里が出現
17世紀、薩摩藩による琉球侵攻。江戸上り「慶賀使・謝恩使」が始まる。
19世紀、廃藩置県、首里城は日本軍の駐屯地、各種の学校等に利用。
20世紀、第2次大戦、首里、首里城下町焼失。1992年首里城復元。

※首里に城が築かれた時代は諸説あるらしい。

 で、下図は300年前の首里周辺の地形。現在の地形は、琉球時代から戦前戦後を通して行なわれた埋立ての結果らしい。首里城下までの川には、小型船は遡って往来したようだけど、河口付近は遠浅のため、大型船の往来はなかったらしい。

地形の違いにビックリ!

 周囲を山や河に囲まれ、また、首里城が建設されているのも丘陵地なことから、全体的に平地の少なく、琉球王朝の王都として整備されるまで、農村としては少しばかり寂れたところだったのだろうな、と思いを馳せることができる。

 この地形の違いにビックリ!!

~つづく!?

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