2006-01-18

奥行と私。

頭の整理のために。


 私とモノやヒトの間には距離がある。私にとってその距離は奥行であり、他者から見た私の奥行きは幅となる。垂直面(高さなど)でも同じことが言える。こうした全ては等価であり、それらを元に空間内の位置づけを行う。

 遠くにいる人はとても小さな、近くにいる人は大きな像として網膜上に現れる。しかし、私は、そうした小さな、大きな人の像を、まさにその人の大きさとして知覚するわけではない。知人であってもなくても、距離に関わらず、ある程度の大きさや身長を知覚する。

 遠くにいる人はその像がはっきりしなくなる。キメは粗くなる。近くにいる人はその像がはっきりし、きめが細かくなる。まなざす私にとって手がかりや正確さに差異が現れる。奥行の知覚を通して、私はその人まで遠さを、近さを知る。世界を了解する。

 奥行きの知覚は空間性を前提とする。空間内で幅や高さと行った奥行きを知覚する私にとって、世界、空間は既に構成されたものである。既にある世界は客観的な世界、私によって了解された世界は主観的な世界。客観的世界を背景に持つことで、私と他者の知覚は共有される。

 より少ない手がかり、より粗いキメは不確かさを意味する。奥行きを知覚する。知覚させる。より広い空間と感じる。空間はより広がりを感じさせる。


・・・なんかまとまりに欠ける。。。再考だな。

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