服を着る私~トニー滝谷を観た~。
頭の整理のために。
私は服を着ている。日常生活のほとんどを着衣して過ごしている。着衣する私は、他者に対して何かを表現する。着衣される衣服は、私を表現する。
私の身体は表現する。表情や仕草によって他者に対して、喜びや悲しみ、私自身を表現する。私のそうした表現を、他者は己の身体によって感じ取る。私と他者は決して相容れないが、他者の中で私は存在をえる。
たとえば、幸福(礼服)を、悲壮(喪服)を、着衣によって表現する。着衣と共に、私はそうした感情を生きる。他者は、着衣した私の姿をまなざし、感じ取る。着衣することで、私の表現は拡張する。私の身体を拡張する。
私や、知っている誰かによって着衣されたものと似ている衣服を見るとき、衣服は私や誰かを表現する。私や誰かに着衣されなくても、私や誰かを知っている 人に対して表現する。私や他者を想起させる衣服を、その衣服と似たものを、着衣する、まなざすことで、私と他者の身体性は共有される。
衣服は私のとても身近なモノ。私の身体を拡張する、拡張させる最も身近なもの。
・・・と、トニー滝谷(DVD)を観て、観終わって感じた。
・・・服に依存する、妻を見て。
・・・服から妻を見る、夫を見て。
・・・服から何かを感じる、女性を見て。
いい映画でした。で、再考。
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