2005-12-23

光の中。

頭の整理のために。


 私は、日常生活において目で光を捉える。対象を視るということは光を視るということ。明るい方が多くの対象を捉えることができる。

 何かを見るとき、私は"目(視覚)"だけで見ているわけではない。林檎の色艶から、味や熟成、匂いや質量さえも見る。病気や事故で触覚が麻痺すると目で視ることはできても、その存在に靄がかかるという。
 対象の存在は、私の五感が同時に捉える。五感は対象に捉えられる。見るということは、映像を受容するだけではなく、身体に変化をもたらす。私の身体の運動性を内包している。

 光の中で私は多くの対象を見る。多くの対象に見させられる。捉えることのできる対象が減る、対象の輪郭が不明瞭になるならば、私の運動性は軽減される。 一切、光のない暗闇では、何も視えない。不安が襲う。視覚が麻痺することで、対象の存在に靄がかかる。私の身体に、存在に靄がかかる。

 昼、明るい日差しの下で、私は活発化する。夕暮れ、夜の白熱灯・間接照明によって私は安らぐ。光の変化と共に、私は私の存在を更新する。更新させられる。私は光の中で生きている。

・・・イマイチだな。再考。

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